あまでうす日記

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梅原猛・松岡心平著「神仏のしづめ」を読んで

(2008/09/05 Fri)


照る日曇る日第155回

梅原猛の「神と仏」対論集の第4巻は私が致命的に無知である能についての蒙をひらいていただくのである。

両氏によれば能の基本に敷かれているのは「草木国土悉皆皆成仏」を唱える天台本覚論で、天台宗始祖の最澄にはじまるこの普遍的な思想は、円仁、円珍、源信、法然、親鸞、道元、日蓮みな影響を受けた。それが思想というより身体的な実践として観阿弥、世阿弥、元雅、金春禅竹の能に及んでいる。

伊賀の国に生まれた観阿弥は南朝の支持者で楠正成の甥。その子世阿弥は足利義満に寵愛されたが義教によって疎んじられ佐渡に流された。世阿弥は当初甥元雅に観世太夫を継がせたが、(観→世→音)その後実子の元雅に乗り換えた。しかし元雅は音阿弥に観世太夫を継がせようとした義教の命を受けた斯波兵衛三郎によって殺害された。

また、日本の音楽は古代は雅楽、中世から近世は歌舞伎も含めて能楽、明治以降は洋楽の時代となる。このうち真ん中の能楽だけが絶対音階を否定する相対音階を基調とする。らしい。


♪月下美人誰一人見ず散りにけり 茫洋




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山田邦明著「戦国の活力」を読んで

(2008/09/04 Thu)


照る日曇る日第154回

小学館の日本の歴史第8巻である。戦国大名の誕生から大坂落城までの150年間を駆け足で描く。
鎌倉関連では永正11年1514年に日蓮宗本覚寺の陣僧役と飛脚役と諸公事が免除されている。坊主は意外にも健脚の者が多く、戦国大名は僧侶に祈祷をはじめとする様々な任務を与えていたのである。
鎌倉材木座の光明寺は良忠によって創建された浄土宗の大本山であるが、戦国時代のはじめごろ観誉祐崇という傑物があらわれ近隣の諸国を歩きながら信者を獲得し、1代のうちに30あまりの寺院を創建した。明応4年1495年には宮中に召されて光明寺を勅願寺にするとの綸旨を与えられた。

京の本能寺は天正10年1582年信長が暗殺された寺として有名だが、ここは日蓮宗勝劣派の拠点で、一致派の他の寺社とするどく対立していた。日蓮宗の経典は法華経である。全28の品からなる法華経は前半の14品が迹門、後半の14品を本門と称するが、迹門迹門の優劣が甚だしいと考えるのが勝劣派、迹門にもそれなりに価値はあると評価するのが一致派で、本能寺は前者の代表選手だった。
法華経のもっとも壮麗なシーンは本門冒頭の「従地湧出品」である。弟子達が「この有難い経典を護持することをお許しください」と頼んだ時、世尊が「この世には無数の菩薩たちがいて彼らこそがこの地においてこの経を護る使命を持つのだからこの経を護持する必要はない」と語るやいなや、突然引き裂かれた大地の奥から幾百億千万の求道者たちが金色に荘厳された菩薩となって地中から湧き出てきて虚空に聳え立つのだが、法論の問題箇所は、ここで世尊がいうお経とはなにを指すのかという点であった。本能寺派は、この経とは本門冒頭の「従地湧出品」以前の「迹門」全部であると主張したが、その後この説に同意できない一致派との間で長く法論が続いたようである。

♪毎日毎日
三浦スイカを喰らう限り
わが夏は終わらざるべし 茫洋




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小川国夫著「止島」を読んで

(2008/09/03 Wed)


照る日曇る日第154回

これも最近物故した作家の遺作短編小説集である。晩夏の昼下がり、一枚1枚拝みながら味読しました。
「しのさん」という少女に主人公は2回ほどつかみかかるが、ひらりと逃げられてしまう。しかしみなしごの彼女は若くして肺病で亡くなってしまう。

「三輪川という川の川口の近くに焼き場があるもんですから、そこで焼きました。五人ばかり人が来て、若宮の家からも人が来ることは来ましたが、あんなにひっそりしたちり焼きも滅多にはないでしょう。われを忘れていたのは、結局私たち3人だけでしたでしょう。火が入り赤々と焼けていくのを、かまどのうしろの耐火煉瓦を一箇はずしてもらって、みとれていました。しのさんのあぶらが樋をつたわって、三輪川へ落ちる音も聞きました。これで終わりか、と思っていたんです。」(37p)

あるいは「未完の少年像」における海軍少尉の友人、渋谷嘉一郎との最後の会話。

「ぼくはお国のために死にますが、君は勉強してください」
特攻隊で「見事玉砕した」その友人は、2日か3日の故郷滞在中に弟に
「鹿屋に戻りたくないと言ったのだそうです。その弟さんから聞きました。これは小説ではありません。ですから、あるがままで怖ろしい意味を持っているのです。」(125p)

そうは言ってもこれは小川国夫の小説の中の言葉であって、つまり彼の小説はこのように怖いのである。

♪輪舞 輪舞 輪舞
三組の蛇の目蝶のカップルが
生き合いの空を舞っていた 茫洋




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♪バガテルop70

(2008/09/02 Tue)

 
きのう福田首相が突然辞任を表明した。彼は靖国神社に参拝しなかった一事をとっても、自民党のなかで数少ないましな政治家の1人であった。狂気のライオン丸や隠微阿部が退陣してようやく普通に凡庸な福田に代わったばかりだというのに、これからまたしても愛国男根主義者の麻生や政治芸者の小池なぞの魑魅魍魎が登場するのかと思うとぞっとする。1日も早く総選挙を行ってこの稀有の2重権力状態を解消するか、それとも継続するかを決定することがのぞまれる。

ところで、私はニヒリストなので政治に多くを求めすぎたり、政治に安易に夢や理想やロマンを結びつけたりする人たちにはあまり心を動かされない。そのこと自体が政治を本来の役割から逸脱させ変質させる危険があるからだ。また超保守主義者の私は、凡庸な国民にふさわしい凡庸な公僕がまあまあそこそこの政治をもの静かに行って市民の自由を侵害しないようにしてくれるのを好む。政治には指導性が必要だなどとむやみに呼号する人物は眉に唾して冷静に見つめる必要があるだろう。

いずれにしてもこれから私たちは21世紀の長い長い坂道を下っていかなければならない。それは大きな苦痛と犠牲をともなう後退戦である。史上最大の痛苦な作戦である。1億2600万人をいかに無事故かつ安全に麓まで下ろすことができるか。それがわが国の政治家、ではなくて私たちひとりひとりの腕の見せ所だろう。

2月に母親が行方不明になった家
 夏空に
洗濯物が揺れている 茫洋




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creamtea ◆ sparrow16 at 2008/09/03 22:34
日本のキューバ
それは
公明党と小沢一郎。

将来を見る力のある人は、恐らく
小渕さんの最期を自分に重ねる妄想を見たのかも。 [削除]
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あまでうす ◆ amadeusjapan at 2008/09/04 20:33
creamtea ◆ sparrow16さん
政治ほど進歩のない世界はないのでは。 [削除]
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小川国夫著「虹よ消えるな」を読んで

(2008/09/01 Mon)


照る日曇る日第153回

小川国夫という人はどこか懐かしさを感ずる人だった。もういまではどこか遠くに行ってしまった古く懐かしい時代の息吹がそこここに感じられる。

この人の筆法は単刀直入で、物事の本質だけを短刀でグサリと心臓を抉るように墨痕黒々と楷書で書き下ろす。まるで全盛期の漱石の短編か志賀直哉の芸を見るようだ。

なにがまっとうであるかを定義することはできないが、この人のはまっとうな文章であり、まっとうな人柄であると感じられる。「文は人也」という言葉や宮本武蔵の剣の技を突然思い出したりするのである。

氏は最晩年に日経の夕刊で短いエッセイを連載していたのだが、私はこれにどういうわけだかひきつけられ、毎晩読んでいたのだが、それらを一堂に集めたのが、この本だったと読んでいるうちにわかった。

連載ではその他の著者がみないわゆるエッセイを書いているのに、この人だけは短編の、それも超短編の小説を勝手に書いているのがとても印象的だった。

最後におかれた南仏カマルグの物語が、やはりもっとも心に残る。ここはミディの湿地帯であり、たしかキャシャレルというフランスのブランドを起こした実業家ジャン・ブスケという男の出身地がここいらであった。ブスケも朴訥な南仏の田舎者であった。


♪逝く夏やあまたの栗を拾いけり 茫洋




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